Life天国で君に逢えたら スタンダード・エディション
東宝

グループ:DVD /ランキング:19401
価格:¥ 3,353
発売日:2008-02-22 /通常24時間以内に発送
カスタマーレビュー
おすすめ度:
大沢たかおさんがステキでした 
(2008-10-06)
プロウィンドサーファー飯島夏樹さんの物語。
大沢たかおさんが自然でとても魅力的だった。
笑顔もいいし、なんて海に似合うのかしら!
桑田佳祐さんの主題歌もピッタリで心地いい。
ハワイ、オアフ島、マウイ島の風景も素敵でした。
ただ、伊藤美咲さんから伝わるものがなかった。
父に捨てられた過去のある女に見えないし、
夫や家族への想いが感じられなかったのです。
奥さんに違和感があって感動できなかったけど、
飯島夏樹さんのメッセージは伝わってきました。
「病気になって気付くものもある」と。
やっぱり伊東美咲はしゃべっちゃダメ。 
(2008-08-29)
とある用件で、この作品を偶然見る機会があったので、
通常ならあまり見ないジャンルの作品でしたが、
思わぬ掘り出し物もあるかもしれないと思い鑑賞しました。
(使い古されたテーマであるなら、それ故に普遍性があるのかもとか・・・)
まず、伊東美咲は女優やめたほうがいいと思います。
TV女優程度ならコメディ路線(etc電車男)なんかもありでしょうけど、
スクリーンで、あの演技とかありえないです。
もし、あれを狙ってやってるなら、監督は廃業してください。
モデルになったというサーファーの方のことは良く知りませんが、
主人公(?)も何が言いたいのか、やりたいのかよくわからないいまま
単なるわがままと自分勝手な生き方をまるでそれが
「これが、最後まで夢を貫く生き方なんだ!」みたいに
自己満しているところに、私はまったく共感も理解も出来ませんでした。
○○さんなんて、登場事態も唐突でしたが、
何の脈絡も伏線も無く死んでしまったのには、驚くというよりあきれてしまいました。
大人の事情等で大幅なカットでもされていたんでしょうか?
誰にでも起こりうる「死」というテーマを扱うには、あまりにもお粗末な作りでした。
テーマ自体がもっと違うところにあったのでしょうか・・・?
正直、完全に時間の無駄でした。
真矢みきさんは、本当に声の良く通る凛とした演技をなさる方ですが、
もう少し出る作品を選ぶべきでしょう。
役者にとっては難しい映画 
(2008-08-15)
家の近くのレンタルDVD店では凄い人気で、いつも貸し出し中。先日やっと見ることができた。
作品の紹介にもあるように、飯島夏樹さんは日本を代表するプロウインドサーファーで、亡くなる約半年少し前から取材した記録がドキュメンタリー番組として放送されている。
体調の良いときを選んで撮影したのと、本人も奥さんもかなりがんばっているので、一見悲壮感は感じられないが、本当は肉体的にも精神的にも苦しい時期だったと思われる。
時折、飯島さんの口から出る言葉も、穏やかではあるが、自分がいなくなった後、家族はうまくやっていけるだろうかという一抹の不安が痛いほど感じられた。
闘病記「ガンに生かされて」もその後に出版されており、多くの人が飯島夫妻を知っているのだから、映画で演じる役者はさぞたいへんだっただろう。
技量的にどうこうという話ではなく、心から飯島夏樹、飯島寛子になりきっているかということだ。自分がこの二人だったら、何を思う、何を話す、何をする、そういう想像力を問われるのである。脚本自体はあえて悲壮感を出さないように作られているから、役者自身の演技力で相手を思う気持ちを現す工夫をしなければならない。
公開初日の舞台挨拶には、飯島寛子さんからの手紙も紹介された。少々、お世辞も入っているだろうが「この映画は我が家の宝物です」という言葉に一番ほっとしたのは、主役を演じた二人だろう。
素晴らしい感動作 
(2008-07-20)
ガンになって残りの余生を自分の納得いく形で精いっぱい
生きていく主人公に感動した[m:76]
「自分は病気になってよかった」「自分はひとりじゃない」
という言葉が、今の自分とかぶっていて共感できた。
かなりいい作品。実話にもとずくストーリーなのでリアル。
ひとりで生きないことの豊かさ 
(2008-07-16)
余命宣告直後は精神を病むほどの絶望に陥った飯島さんが、自らの死を受け入れ前向きに生きていく姿がとても印象的だった。
それは、「死」「ガン」といった「恐怖」の対象としての存在を、自らにとって「大切な」存在へと書き換える過程だった。そのことによって、残りの人生を飯島さんは豊かに生きた。
その物語の書き換えは、しかし一人ではできなかった。奥さん、子どもたち、藤堂さんをはじめとするよき友人たち。
最期のときを前向きに生きた飯島さんは、残された者たちにも大切なものをたくさん残した。その最期の姿は、飯島さんの死をただの「喪失」としての「死」ではなくて、それが一時の別れにすぎないこと、飯島さんは死後もいつも残された者たちの共にあることを信じさせた。
自分の生に豊かな意味を与えてくれたたくさんのすばらしいひとたちの存在、それはとりもなおさず飯島さんがそれほどすばらしいものを周りのひとたちに与えられる存在であったということだろう。
他者と共に生きることの豊かさを感じることのできるいい映画だった。