ドッペルゲンガー
黒沢清(脚本)古澤健(脚本) アミューズソフトエンタテインメント

グループ:DVD /ランキング:36610
価格:¥ 4,086
発売日:2004-04-23 /通常24時間以内に発送
カスタマーレビュー
おすすめ度:
「本当の」自分 
(2008-05-02)
前半部は正体不明のモノ、存在に出遭ったことによってそれまでの日常へは
二度と引き返せない、というCURE以降の黒澤映画の基本的なスタイルが見てとれます。
しかし今作はそういった正体不明のモノのによって引き起こされる心理的な恐怖よりも、
メッセージ性に重きを置いた内容になっています。
黒沢監督の映画はそのほとんどがホラーの型を借りたヒューマンドラマですが
今作はその典型です。
言うまでもなく、この作品におけるドッペルゲンガーは主人公の日々の生活の中で
抑圧されている自己の内面が表象化した一つの記号体です。
他のサイトでは主人公がドッペルゲンガーに入れ替わった可能性を指摘している
レビューもありますが、正直そんな事はこの映画の肝心な所ではありません。
どちらでもいいのです。
それが本々の早崎であろうと、ドッペルゲンガーであろうと、大事なのは
自分自身に対して嘘をついていない「本当の自分」であるかどうかということです。
冒頭に描写された人工人体の開発に明け暮れるが周囲のプレッシャーとスランプ、
ストレスのはけ口の一切無い日常でノイローゼ気味の早崎。
最後に進めば進むほどまるで嘘のようにあっけらかんとして開放感に満ちた表情に見る見る変わっていく。
ドッペルゲンガーであろうと無かろうとそれが「本当の」早崎なんです。
抑圧されていた自己の表象としての分身が、本当の自分を気づかせてくれる契機になった。
この変化に対して否定的な見方をすれば、自己の内側に潜み当人によって隠匿されていたエゴが、
もう一人の自分によって引き起こされた狂気によってついにコントロールできなくなり増長したという解釈もできます。
しかし個人的には、前述したように早崎の充実し明るくなっていく表情を見るに、むしろそういった側面より自らを偽る、
抑圧する事から自身を解放するというポジティヴなメッセージを提示してるように感じ取れました。
少し前ですが、「空気を読む」という言葉が流行りました。
これは自分が置かれている場の同調圧力に屈するという事と同義です。
現代においては物心がつき小学校に入った時から常に周囲に馴染むことを迫られ、
生きやすく生活しようとすることが結果として自身を生きにくくしているという矛盾が往々にしてあります。
次第に本当の自分とは何なのか、自分は何がしたいのか、解らなくなっていきます。
色んな視点から読み取るができると思いますが、今作はそんな現代社会の病理をつき、疑問を投げかけている社会派のヒューマンドラマという見方が一つ、できると思います。
黒沢監督の映画はそういったメッセージ性を重視するあまり娯楽映画として破綻している作品もあり、観る側にとって優しくないなーと思う事も結構あります。
しかし今作はそのあたりのバランスも上手く取れています。
映画を観た、というお決まりの充足感と、なんだか背筋がむず痒い、
黒澤映画特有の後に残る気味悪さ、両方が絶妙なバランスで感じられて中々楽しく観ることができた作品でした。
ユースケのはまり役 
(2008-03-15)
人を殴るときの効果音とか、車が出てくるシーン全般とか、
北野武のようだなあと思いながら見てました。
といっても後半だけですけど。
ユースケは良かったと思います。馬鹿を演じさせたら天下一品。
踊るシリーズのスピンオフで頭の良い役をやること自体が間違い
だと思うくらい「バカ」が様になってました。
一級ホラーとナンセンスコメディーの融合(ネタばれあり) 
(2008-01-06)
黒沢さんの作品は大方ホラーなので 今回も「ドッペルゲンガー」だからいつものような映画だろうなと見たらちょっと違う映画でしたね
話が進むにつれゆっくりとコメディーになっていきます 黒沢に良い意味で騙されました
僕はこういう裏切り方は全然嫌いじゃないんです 見たら近い将来必ず死ぬと言われるドッペルゲンガー
早川とドッペルゲンガーの性格が正反対なので 二人の会話を聞いてるだけで楽しい 映像も綺麗です
最後早川は死にドッペルゲンガーが現れ 機械を壊すところで話は終わります
ホラーではなくコメディーだと思って見れば絶対面白いです 僕もハマリました
ラテン系カルトホラー 
(2007-09-10)
この映画をはたして<ホラー>と呼べるのか。ましてやどこぞのサイトで紹介されているような<喜劇>ではけっしてない。普通の映画監督だったら、ドッペルゲンガーとしての分身をもっと気色悪く描いて観客の恐怖心をあおるような演出をすることだろう。黒沢清は、仕事に行き詰った人工人体研究者(役所広司)のドッペルゲンガーを、元の姿そっくりそのままにあっけらかんと登場させる。
しかも、そっくりな2人を気軽に喫茶店で待ち合わせさせたり、手持ちのハンマーやシャベルでいとも簡単に殺人を犯させる。死んだはずの人間が弁当を食いながらパソコンを打っていたり、普通のサラリーマンだった男がなぜか拳銃を手に入れている。話の辻褄を細かく気にする人にとっては、この映画の脚本はハッキリいって<穴>だらけだ。
ドイツ語が語源のドッペルゲンガーという言葉の概念自体も、この映画の中ではいいように解釈されている。<ドッペルゲンガーの人物は周囲の人間と会話をしない>とか、<ドッペルゲンガーを見ると死期が近い>とかいう都市伝説に近い法則も、本作品の中で厳密に守られることはない。
けっこう残酷なシーンが数多く登場するわりにはまったく怖さを感じないのは、この監督が持っているラテン系のノリが影響しているような気がする。まるでガルシア・マルケスの小説を読んでいるようなハチャメチャな展開は、映画という<虚構>の枠の中では実にマッチしているのだ。
役所広司ファンの為の映画 
(2007-04-29)
役所広司の凄さを再確認する為には最適な作品だと思います。ユースケの薄っぺらい馬鹿の役も好印象。
良かったと思える点は……これぐらいです。他はいつも通りの黒沢清(笑)な感じですね。一体何が面白いんだコレ。
邦画を観はじめた中学生が気に入りそう。